三光丸同盟会の濫觴

三光丸同盟会の濫觴
明治32年(1899年)3月19日。いまから百年、一世紀の昔、大和売薬のなかでも歴史は古く、名薬とうたわれた「三光丸」を、広く世の中に売り広めている人たちの中島市三郎、中島源十郎、米田由松、川田滋美、藤井益蔵、喜多村庄八、中尾房治郎、的場源之介ら有力販売業者30余名と、三光丸製剤経営者の第31代米田徳七郎虎義とで話し合いが行われた。話し合いの中心議題は三光丸を昔のように、よく売れる薬に戻し、三光丸本店の財政を立て直し、併せて全業者の営業内容も大いに向上させることだった。
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