越中富山といえば薬売りという言葉が返ってくるほど、富山の薬売りの姿は全国各地の人びとの心に深く根を下ろし、親しまれています。 江戸中期、富山藩からおこった個性的な地域産業が、薬という単一商品をもって全国市場に手をひろげ、周辺の加賀藩商人を巻き込みながら、一世を風靡するほどに発展しました。そして医療産業が国策と一体化している今日まで300年、脈々として命脈を保っています。 それは商業倫理にもとづく、人と人との結び合い、助け合いから生まれる信用、信頼の商いだからです。 商いの極意とは、単に打算、計算、実利を頭に置くお金が最大という思想でなく、それを超えたところに儲けがあり、事業を永続させることができます。 富山の薬売りには、先用後利、懸場帳、などの商業精神をしみじみと知らされる言葉があり、先人の仕事に学ぶページを運営します。 顧客名簿は、「懸場帳」という。また集金高は「懸高」、顧客は「懸方」という。「懸」は配置を意味します。そして懸場帳の所有者は「帳主」と呼ばれています。懸場帳は我々の業界では経営の継続をあらわし、「暖簾価値を持つもの」として、不動産同様に扱われています。
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